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2017年5月

杵屋佐之忠師を偲ぶー

退院して間もなく、お知らせを頂いた。佐之忠師が4月6日に、お亡くなりになっていた。

 

私の父は戦争でニューギニアに行きマラリアにかかり、戦後日光の実家で静養していた。

日光には初代中村吉右衛門が疎開しており、終戦後間もなく疎開中お世話になって町民への招待公演が行われた。

父も地方(ぢかた=演奏者)に駆り出され、そのまま芝居に関わることになるのだが、稽古場も日光に開いた。

当時の日光は今からは信じられないが、芸が盛んだったようだ。

そういえば、私の幼いころも日光の芸者さんが日光の稽古場に来ていた。

そこへ、日光に疎開していた芝居好きの少年は父の所に入門する。

 

それから、この少年がいろいろ経験を経て「杵屋佐之忠」となりついに前進座の演奏責任者、音楽プランナーと

なったいきさつや、NHKのラジオ深夜便で2年にわたり放送された「三味線十二か月」の内容を含む師の著書「黒御簾談話」に詳しく書かれているがとても面白い。

昨日も読み直してみたが、前進座の創設に関わった役者さんたちのエネルギー、大変ではあったろうがある意味では今では味わえない

理不尽が通じた時代を生きていらっしゃったことをヒシヒシと感じる。

 

病床の父を見舞って下さり、枕の下に佐之忠師の撮った河原崎国太郎丈の舞台写真があったー

私も、いろいろお世話になった。中でも一番記憶に残るのは、第50回のあかつき会の記念演奏会ではゲストとして出演くださり、

トークと共に「黒塚」を私の箏、今瀬苔山先生の尺八で演奏して華を添えていただいたことは、何よりの両親へのプレゼントになった。

 

一昨年の前進座の国立劇場5月公演での「番長皿屋敷」の箏に使っていただき、稽古の時にお目にかかったのが最後になってしまった。

今日は、「偲ぶ会」が渋谷のホテルで行われた。

ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。   -合掌ー

 

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仕事復帰ー

ゴールデンウイークが終わり、8日~復帰しました。いつも通りのスケジュールです。

さすがに、前日は緊張しました、というか不安でした。

術後のマニュアル通りの咳き込みと右半分、みぞおちから肋骨周辺のシビレや差し込むような痛みがあります。

お弟子さんは久々なので皆さん来ました。唄の声は出ません、ささやくような感じです。

でも、それ以外は思ったより疲れがなく、無事出来ました。

 

障がい者の所も「先生、風邪?」という程度で何とか大丈夫~

さて、水曜の学校のクラブが・・・まず、4階までの階段が・・・

ゆっくり上って、クラブは大笑いで元気にやれました。

ひとつひとつが、自信に繋がっていくようです。しかし、その日は6月4日の練習が自宅であり、

時間を見計らって帰ったのですが、ぎりぎりでした=歩くのがまだ遅いのですね。

荷物も持てません・・・・でも練習は7人位いらっしゃいましたが、元気にやれました。

 

不思議なのは、仕事のスイッチが入ると、痛みをあまり感じないのです。

痛み止めより効くのです。だから、一人で痛くなってきたときは、自分でお琴を弾きまくります。

不思議です=脳から何かの物質が出るのでしょうか?

 

木曜日は、術後初めての病院。回復には、まだ1,2か月かかるそうです。

驚くのは、気圧にたいして身体が反応して、苦しくなったり,痛くなったり・・・

せっかちな私はこの際、イロイロと時間かかる自分にイラつくのはやめてゆっくり物事を見る練習をしようと思います。

と、いう訳ではありませんが「西大寺展」を見に昨日三井記念美術館へ行ってきました。

久々のコレド室町に興奮し、いろいろ欲しいものがイッパイ=でも、持てない・・・・

楽しかったです。これで、今の状態でも復帰出来たことが、やはり嬉しいです。

あの、北海道の叔母さまも手術が終わったことと思います。ご無事を祈りますー

 

と、言うわけで6月4日(日)に舞台があります。

品川三曲協会主催の「日本の調べ」、大井町駅前「きゅりあん」小ホール  午前10時半開演

入場無慮です。私は、杉浦聡先生の御一門と一緒に「妹背川」の三絃をお手伝いします。

16時過ぎ出演予定です。

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