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2018年7月

京都の魔界めぐり~

先日、誕生日を迎えて母の歳を超えましたー               

何だか自分でも不思議な感覚がこのところするー

と、言うからでも無いのですが、生きているうちに、行ける時にと思い夏は遊びの間に仕事する???状態です・・・

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29日から一泊でいつもの旅行会社で「京都魔界めぐり」へ行ってきました。

台風も心配でしたが大丈夫で、それ以前は40度~とかで覚悟していたのですが、

それほどでもなく・・・

町中にある様々な寺社へー(これがなかなか行けないのですよ)

小野篁が夜な夜な冥途へ行っていたという井戸のある「六道珍皇寺」や

応仁の乱の勃発した「上御霊神社」などーまた、西国三十三観音でもまわった「六波羅蜜寺」「革堂」など・・・

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二日目は、千本えんま堂ー、

瀬戸内寂聴さんのような尼僧様にご法話をいただき直接参拝させていただき「その時は、よろしくおねがいいたします!」と御挨拶をしておきました。そして、テレビでみた石像寺(釘抜地蔵)、そして安倍晴明の清明神社=ここはパワー感じましたね!

道を歩けば、いくらでも歴史がここそこにあるのは流石に京都ですー

季節の良い時は仕事で行けないので、暑いか寒い時ばかりで、体力が要りますsweat01sweat01sweat01

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北畠神社ー

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我が家には、私の曾祖母が昭和3年に頼んで作った「系図」があります。領収書や北畠神社の絵葉書も入っているー

40年ほど前、伊勢松坂から単線に乗り無人駅に地元の方が迎えに来られ、両親、日光の叔母、私たち姉妹でその農家に泊めてもらい大祭(10月)に参列したことがあります。先祖は、北畠顕能で伊勢の国司で北畠神社に祀られています。

宮尾登美子の「一絃の琴」もこの大祭の情景で始まっています。

主人公がここの出身なのですね。

気にはなっていたのですが、自力ではとても行けるような所ではない・・・

ところが先日、いつものツアー会社のパンフレットに個人では行きにくい名城へーと何と

北畠へ行くツアーがでたのです。こんなマイナーなツアーで参加者がいるの?

何と今年の4月から続日本100名城が認定されたそうで、そこに「多気北畠氏城館」も入ってお城フリークの方々で盛況!

名古屋から中型バスで4時間近くかかってやっと着きました。

以前来た時は大祭の後、地元の方々の宴会で話題は戦国時代で織田信長に滅ぼされたため織田はいまだに嫌われ、

皆さん自己紹介も「○○○の子孫ですー」という状態でした。道路は当時より整備されているのでしょうが、過疎化はいなめないですね。

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今回は、名城ツアーということで講師の先生もいろいろ説明下さり、裏にある霧山城跡を登るのですが・・・

2018716144134.JPG←泣いているのではありません=ヘロヘロ、汗だく・・・

その後、田丸城跡も行き、ここも室町時代はは北畠、その後織田からいろいろに繋がっていくのですが、とにかく登る、石垣の連続~~~

201871614482.JPGお城ツアーですから、皆さん生き生きと石垣を撮影、スゴイです。

夕食時も、皆さん城の話で盛り上がり、何年もかけて100名城をめぐり、そして今年から続100名城をめざすのですねー

御朱印帳じゃなくて、スタンプ帳なのです~

城は、平らなところにある訳なく、皆さん健脚です。2日目も熊野の方の2か所を行きましたが、私的には寺社巡りの方が合ってるのかな???

帰ってから、昔、西山一族のことを調べた方の手紙やレポートがあるので、(PCもなければ、自力で歩き、手書きで良く調べたとおもう)ついつい夜中までいろいろ読んでしまいました。

結局、江戸時代に江戸に出て東海回りの廻船問屋をやり、両国にあった江戸時代の墓も松坂の西蓮寺から運んできたことになります。

墓石も非常に大きく、どうやって???と思っていましたが、城の石垣を見れば運ぶことは船で出来るし何でもないのですねー

日光と両国のお墓詣りの時に「北畠へいってきますー」と報告し、結局私の家は私で終わるので何か一つ区切りがついたような気持ちです。

今回、磯田道史著「日本史の内幕」を持って行って、実感を伴いながら読めましたー

千枚田が美しかったですよー

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7月は~

東京のお盆は来週ですが、夏休み前にと毎年恒例の日光のお墓詣りへ

一昨日行ってきました。日光は私の四代前から父の両親=祖父、祖母、そして叔母が入っているのです。

東京の両国の西光寺は江戸時代で、両親はそこに入っています。

日光の観音寺は駅から歩いても行ける距離で下野三十三観音の第二番なのですね(と、初めて知りました)

上に登ると弘法大師の自刻と伝わる千手観音堂があります。

弘法大師は高野山を建立中にも日光に来ていろいろの跡を残しています。

このお寺も開基は弘法大師で、後に天海僧正によって天台宗に改宗されています。振り返ると、日光街道がまっすぐ見えますー

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今回は、金谷ホテル歴史館へ行ってみました。

五年ぐらい前にオープンしたそうで、金谷侍屋敷が見れます。

金谷ホテルの創業者は代々東照宮雅楽の笙の奏者だったのですね。

アメリカ人の宣教師に宿としてここを貸したのが、きっかけだったそう。

201878202743.JPGブラタモリで日光をやったとき、武家屋敷をやったのですがここだったのですねー

本格的西洋ホテルの金谷ホテルは、神橋のそば、今だに格式を保ち続けています。

私が生まれた頃は「あかつき会」を金谷ホテルでやっていて、写真もあります。

そこの見学をし、いつものように温泉に入り湯葉を買い帰ってきました。

七月は、まだこれから先祖をたどる月になりそうですー